善意だけど、ちょっとウザい。
2026-07-20


うまく表現するのが難しいのだけど、
ああ、こんなだったなぁ、、、と遠い目になるのは高校時代。

高校生の頃から政治的にあれこれ考えていたのだが、
なにしろ、まだ、よくわかっていない。
わからないながら、資本制経済の問題は解決すべき課題だと思っていた。

高校にも、政治的なサークルはいくつかあって、
(保守は、当時はなかったかも。)
私も所属しているところがあった。
教師がひそかに情報を出しているアングラ的なサークルで、
なんとなく、秘密活動っぽかった。

そのサークルは高校在学中に退会した。

理由は、ほとんど男子がメンバーだったのだが、
彼らの熱心さ、押しつけがましさに、「ん?」と思うようになったからだ。
言われたことを指示通りに行動するのは、
私の五感が「????」を発信していた。
私の行動の源は、私自身の動機でなくては? と思うと、
自分がよく咀嚼していない、それぞれの活動の意義にまだピンときていない状態で、言われたことをするのが耐えられなくなったのだ。

「私の行動は、私自身が納得しないと無理」とメンバーの男子に告げたら、
「自分の、なんて関係ないんや」と彼は言った。
私の疑問の根本を否定したわけだ。

彼は、集団の上位の意志に、ただ従っている。
私にはそっちの方が理解できない。

後年、フェミニズムに出会って、ようやく私が納得できる、
自分の中から発動する行動意欲が生まれた。
また、それがなければ、動かなくていのだという自主的な行動を重視する思想が私を支えた。
それは、本当に個人主義的だ。
しかし、利己主義ではなく、自他共に、その意思を尊重する思想だ。
全体主義的思想はヤバい思想だ。
それは、革新を名乗っている連中も同じだ。
と、今回、しみじみ思うことがあった。

最近、高校時代の記憶がよみがえることがあったのだ。
ここしばらく、地域で政治活動するおじさんたちと接することがあったが、
やっぱり、おしつけがましい。
礼儀正しく、距離をちゃんと置く人たちだ。
が、自分たちのやっていることは正しいのだから、やるのが当然、という押しつけがましさが臭ってくる。
考え方、政治思想は、たぶんほぼ同じ。
賛同できる。
でも、行動の一つ一つに、私は自己了解を必要とする。
いちいち、自分にお伺いを立てる、という意味ではない。
ただ、自ずと生まれる違和感を無視しては、動けない。
私は考える行動者だ。

彼らは、集団の分子であることに慣れている、
のかもしれない。
私は、分子ではなく、一人の考える生き物なので、
命令一下、動きます、というわけにはいかない。
いや、そういう時代が来ては困ると思っている。

昔、「男」として社会化され馴化した生き物って、保守も革新も同じだなと思った、あの感想がまた出てきたわ。
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